終の住処 #2 ~ 記憶としての自然

記憶としての自然 by kimizuka architects

クライアント は私に 終の住処 の相談を持ちかけて来た時、既に 末期癌 に侵されていた。しかし、私たちには最後までそれを隠し通した。体調があまり良くないと言う話は聞いていたが、まさか、そこまでの状態とは思いもよらなかった。というのも、私は彼と出会った年の春に、母を癌で亡くしていた。ある日、彼女はステージDの原発不明癌宣告を受け、数ヶ月としないうちにこの世を去った。指数関数的に増殖する癌細胞とは逆に急激に衰えていく肉体の様を見ていたので、それと比べると彼は全くの健康体に見えたのだった。今思えば、彼は、末期癌であることを隠し通すことで、この計画を絶対実現させようと考えていたのだろう。

そんな彼が、度々私に語っていたのは、今は失われてしまったが、幼少期に地元で触れていた緑や川といった、 自然の中 に、自分の身体が溶けいるようにして最期は逝きたい、それが自分にとっての 終の住処 だということだった。

そして、その適地がようやく見つかったということで、相談を受けた私が訪れたのが、この 東伊豆 の 渓谷沿い にある 棚地 であった。そこは、灯台元暗し、最近は別荘的につかっていたという、奥さんの実家だった。川のせせらぎ、四季折々に見せる樹々の様々な表情、そして、都会ではなかなか難しい心地よい風も捉えることが出来る、正に彼が求めた 場所 そのものだった。公道から一皮入っているため、車の音は川の音で和らげられ、川の音はそれ自体の音が 静けさ を引き立てるものであるから、彼自身もそれ自体は全く問題ないと言っていた。 リタイア後 に彼ら夫婦はそこで静かに暮らし、彼自身は好きな書き物に、川の音と緑に癒されながら思い存分専念する。子供家族はこれまでのように、度々 週末住宅 のようにつかってほしい。そんな夢を、打ち合わせの度に楽しそうに語っていた。

このような言葉の一つ一つが、 死を目前に控えた人 から発せられていたと思う度、それらの言葉のリアルな重みと、この仕事に出会えたことに対する 感謝の念 を改めて感じるのだが、私は、この計画を進めるにあたり、彼が 死を前にして抱く 自然観 とはどのようなものなのか、そして、それをできるだけ シンプル なかたちで 建築 に落とし込むことができたら良いとただただ考えていた。

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