終の住処 #1 ~ 建築家 と考える

建築家 と考える 終の住処 by kimizuka architects

クライアントはそれまで、工務店、メーカー、 設計事務所 ( 建築家 ) といった異なる調達方式によって、3回 家 を建てた経験があった。そして、リタイアを期に、 終の住処 と位置づけた、4回目にして 最後の家づくり を始めるにあたって、やはり、 設計事務所、 建築家 と考える ことを選択し、私に声がかかった。

多くの人にとって、 家づくり は一生に一度の イベント であり、調達方式を実体験に基づいて比較し決めることは出来ない。どれがベストな方式かは、本来は クライアントの価値観 によるものだが、正しい知識に基づく論理的な判断が下されることは稀である。

たとえば、イギリスでは、 家 を建てたり、リノベーションを行ったりする場合は、 設計事務所 に 設計・監理 を委託することが、伝統方式と呼ばれるくらいスタンダードなものだが、日本では、工務店やメーカーによる設計施工一括方式が一般の人には馴染みがあり、 家を作る というよりも、車の様に買うという受け身的な意識の方が強い。 注文住宅 であっても、住宅展示場などに行き、はじめから結果がある程度分かっているものを 買おうとする 。たとえ、結局は、 実際に建つもの と展示場のそれとは 似ても似つかぬもの になるとしてもである。

そのような 家づくり が、現代の日本人の 価値観 に本当にあっているのか、単純に広告宣伝力のあるものや、企業ブランドが先行しているだけの話なのかはわからない。しかし、現状、我々のような 設計事務所 との 家づくり を選ぶクライアントは、マイノリティな存在であり、それは今後も恐らく変わることはないだろう。だから、我々のような 設計事務所 は、市場を無理に拡大しようとしたりず、我々とのプロセスを楽しめるマイノリティの人たちのためにあることを、ポジティブに受け入れた方が良いと最近は考えるようになった。ただ、 設計事務所 との 家づくり は敷居が高いとよく言われるが、その敷居は第三者によってねつ造されている部分が大きいとだけは言っておきたい。もっとも、自ら情報を集め 、立ち止まって 考えることの出来る人 たちだけに開かれた調達方式になっているということだけは言えるので、敷居の上げ下げは、クライアント次第とも言えるかもしれない。

それ故に、実体験に基づき 設計事務所 との 家づくり を選ぶクライアントの存在はとても貴重だ。どの方式も一長一短あるとは思うが、それを知った上で適正を クライアント 自らが判断しているからである。しかも、それが、 終の住処 の 設計依頼 と言う大役となれば、なおさら、依頼される側としても使命感を感じる。クライアントにとって、 最後の家づくり がなぜ 設計事務所 なのかはとても重要な意味を持っているのだ。

クライアントは生前、私にこの プロジェクト のエピソードを紹介することで、それが誰かに響き、 役に立つ のではないかと言ってくれていたが、なかなか出来ずにいた。忙しかったなど、いくらでも言い訳は立つものだが、本来、 仕事 というのは、賃金と引き換えに単に こなすためだけにあるものではない 。それが 労役との区別 である。私にとって、 設計 は 仕事 であり、 喜び という 報酬 も伴うものでもある。だから、この 仕事 に関わった時を未来に繋げるため、当時この プロジェクト をやりながら 考えたこと などを含め、 エピソードを綴っておこうと思う。クライアントもやっと始めたかと、天国で見守ってくれていることだろう。

終の住処 #2へ続く