昨日、多分興味があるに違いないと誘われて「よみがえりのレシピ」というドキュメンタリー映画の試写会に行きました。
しかし、試写会場までの道を迷った為、途中から見始めることに。
はじめは、東京では馴染みのない、いろいろな野菜があるんだなあと、単純に思いながら見ていているうちに、
ここのところの疲れもあいまって睡魔も襲ってきてしまったのですが、
だんだんと、映画の演出が、けして明るくないことを察知し、
その背後にあるメッセージ性を感じ、最後はくいるように見ている自分に気が付きました。
この映画は、山形に今も残る、在来種の野菜を次世代に残していくための人々の活動が記録されている映画です。
この、何でもかんでも輸入に頼るご時世で、何故、在来種の野菜が山形で今でも残っているか。
これは、山形という地が、決して食に恵まれた土地ではなかったということと無関係ではなく、
逆に言えば、そのような恵まれない条件によって、自らが生き抜いていくための技術が伝承され続けてきたというわけです。
そして、そういった自分たちの為の努力が、今、より普遍性をもった問題として、なにがしかの価値を発信し始める兆しがある。
この、宮沢賢治(山形ではないけれど)の「セロ弾きのゴーシュ」のような現象に、個人的な感動すら覚えました。
何でも、買って消費すれば良いという、お金がなければ何ひとつできない社会とは違う、
地味で、けして容易ではないけれども、単純にお金には換えられない価値を自ら生み出し続ける社会のかたちは、
これからの時代を生きていく上での必要なバランスについての何かを、都市にいる僕たちにも示しているように思いました。
試写会の後、感想文を置いていくことが出来なかったので、ブログを借りて書きました。
興味のある方は是非ご鑑賞を。 http://y-recipe.net/
見た直後よりも、その後の余韻の中でいろいろと考えさせられるテクスト型ドキュメンタリーです。
渡辺監督、きちんとお話しできませんでしたが、影ながら応援しています!
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