終の住処 #9 ~ 効果的な天井高 は数値に依らない

効果的な天井高 by kimizuka architects

この住宅は、全ての居室が谷側に開き、 渓谷の樹々 を取り込んでいる。効果的に樹々を取り込む上で、サッシと天井、床、壁との取り合いのディテールには、多くの注意が支払われた。

設計段階の終盤の頃だったと思う。クライアントからこの 家 の 天井高さ が低くないかと聞かれたことがあった。なんでも、興味本位で行った住宅展示場で、メーカーの営業マンから、そこは2600が標準で、今回の計画にある2400や2300という 基本天井高 は低いと言われたと言うのだ。私もメーカー住宅の中には 高天井 を売りにしているところがあるのは知っていたが、いくら数値的に高くても、他の部位との有効な構成がなければ、 体感的な効果 が低いことも知っていた。

水平方向の 内外の連続性 や、広さ感、開放感を得るための光と影のバランス、予算的に使えるサッシや内部建具の高さや幅の限度など、様々な要素との相対的な関係性によって 天井高さ は決められるべきであり、数値そのものが重要なのではない。今回は、そういったことを考慮しつつ基本天井高を定め、ソファ利用を想定したリビングエリアなど、高さが効果的に感じられるエリアに限定して 高天井 を採用していた。

効果的な天井高 by kimizuka architects

だからその時、私は彼に、メーカーのやっていることと、自分がやっていることをいちいち比較して設計をしているわけではないが、その展示場の空間を目に焼き付け、今回の計画が完成したら、ぜひ、両者を比べてみてほしい。彼の描く 世界観 を実現するためには、この設計で良かったことが必ずわかるはず。と言ったのを覚えている。

そういうことを言うと、意固地になって設計を変更しようとするクライアントも中にはいるのだが、彼は私のことを信じ、そして、最終的に原設計のままでよかったと言ってくれた。2400といった基本天井高さは、標準的なマンションなどの天井高さであるが、この住宅では、そういったマンションで感じるような閉塞感はない。あの時、もし、中途半端に天井を上げ、外周に垂れ壁が発生していたら、全く異なる空間になっていただろう。

設計者というのは、クライアントに良かれと思っていくらでも提案はできるが、決定権は常にクライアント側にある。したがって、両者の信頼関係がなければ、出来上がるものもぎこちなさを纏うことになる。 建築 にとって、 クライアントの存在 はとてつもなく大きいものなのである。

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