住み継ぐ家 #10 ~ 伝統構法と耐震補強

 伝統構法 と 耐震補強

一般的な 古民家 は、神社仏閣 に代表されるような所謂 伝統構法 と言うよりも、地方や大工によってつくりかたも様々なので、伝統的土着構法 と呼んだ方が良いかもしれない。精密なルールやディテールが、あるように見えてないことも多く、見えるところはきちんと出来ていても、隠れているところは意外といい加減だったりといったこともしばしば見受けられる。欧米と異なり、設計と施工が大工という一人格によって行われてきた日本の古典的な建築文化故の不透明性や、携わった職人の倫理観の差が建物に影響を与えている。このような建物を 耐震改修 する場合、当然のことながら一筋縄にはいかない。 公的機関等が公開している耐震補強 の手引きのようなものは一応あり、なんだか簡単そうに説明してあるものもあるが、現場は、そんな単純な教科書通りに行くようなものばかりではない。解体してい見れば途方に暮れる様なところもたくさん出てくる。

そもそも、構造力学的にも、 伝統構法 に対して 耐震改修 という時点で本当は矛盾がある。なぜなら、もともと 伝統構法 には、水平力に対して 耐力壁 で踏ん張りながら限界を超えた時点で大破するという概念がない。大雑把なイメージとしては、水平力に対して、柱と梁( 鴨居 と 頭繋ぎ の2段梁が一般的)の 仕口 や、柱 と 貫 の 仕口部 で吸収しながら架構が平行四辺形状に変形し、粘り強く持ちこたえるというプロセスである。耐力壁 がないということは、 水平応力 に対して、柱 に 引き抜き力 がほとんど生じないことを意味する。故に、石場建て が成立する。そして、柱 が変形時に斜めになり倒れてしまわないよう、足固め や1階の 床組 でがっちりと固めるというわけである。大地震の揺れに伴う足もとの横ずれに関しては、等身大実験の結果から考察すれば、ずれる可能性から拘束するべきだという人もいれば、ずれることで力が逃げるから良いのだという人もいる。一方、等身大実験のような足元の条件は古民家では稀だから、実際は摩擦力が効いてずれることも稀で、ずれるぐらいの水平力がかかるときはそもそも耐震構造でも倒壊するぐらいの力がかかった時だという人もいる。

このように、あらゆる可能性が想定されうるということは、力学的なイメージとしてはともかく、大きな地震 でどこまで耐え得るか を、定量的 に説明することが、現状極めて困難であると言っているに等しい。実際、たまたま地盤がよかったことにも助けられ、大地震にあっても倒壊に至らなかった古民家もあるだろう。しかし、その一方で、多くの  倒壊した建物もある。そして、その度に新たな 「耐震」基準 が設けられ、現在の建築基準法上では、昔のような伝統構法 の建物を、普通に建てることは非常に難しくなった。伝統構法 を失ってはならないと、様々な学者が、定量的 に 伝統構法 の 耐震性 を説明できる術を研究しているものの、「耐震」というわけだから、事実上は、いかに、意匠的なイメージを残しつつ、それを 耐震構造 の 鋳型 にどこまではめられるのかということになっている。

こういった 耐震力学 の エリート たちと昔ながらの 宮大工 は根本的な考え方が異なるためにしばしば対立し、現場では常に緊張感を伴う。伝統構法 の信奉者は、しばしば、 耐力壁 を否定し、地震 で斜めに変形した建物は、その都度、垂直に直せばよいだけだと簡単に言う。しかし、そのたびにかかる費用を考えれば、現代の一般的 古民家 では簡単には受け入れることはできないことくらい想像できるだろう。こうして、多少腑に落ちない部分があったとしても、よほど 良い地盤 に建ち、これまで 大きな地震 にも損壊せずに耐えてきたというような実績ある建物を除いては、 耐震補強が考慮されるというのが現状である。(もっとも、今まで大丈夫だったからと言って何もしなかった 古民家 が、その後の 大地震 で倒壊しないという保証はない。)

今回も、構造家も交えながらいろいろと議論した結果、 震災 で傾いた躯体を元に戻したうえで、 耐震補強 をできる範囲で行なうこととなった。クライアントしかり、悔いのないよう、どうするか、腹をくくるしかないのだが、古民家を住み継ぐ上では避けて通れぬ道である。

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